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教育学部長 高岡 信也

  子どもが生きにくい社会

現代社会を象徴する言葉は,「変化」,「変貌」です。わずか十年前には存在しなかったモノがいつのまにか開発され,だれもが手に入れることのできる時代,かつては当然だと考えられていた常識,社会的に認められていた価値が,これまた,いつのまにか否定され新たな価値に取って代わられる社会が私たちの眼前にあります。変化のスピードは多くの人々の戸惑いを尻目に,ますます加速するはずです。

この急激な社会変化は,当然,子ども達の教育のあり方にも大きな影響を与えており,子ども達を取り巻く環境や生活の変化は,私たちおとなが想像する以上に大きいのです。溢れるモノ,情報の洪水,何が正しく,何が正しくないことかの判断に迷う多様な価値観の存在,子ども達を取り巻く環境は,まさに,子ども達を右往左往させる以外の何ものでもなく,多くの子ども達にとって,今の日本社会は必ずしも生き易い環境ではないという指摘もあります。

いま,学校は様々な「問題」を抱えていると言われますが,よくよく考えてみると,学校が抱える「問題」の中には,学校を取り巻く社会の側に起因するものが数多くあり,「問題」発生の原因は学校の内部にではなく,激しく変化する社会という外部から学校にもたらされている可能性が高いのです。


  教師も生きにくい社会

しかし現実には「問題」は,子ども達が毎日通う学校の中で発生する。依然として減少しないいじめの存在,果ては子どもが加害者となる事件の多発。本来,もっとも安全で子どもを保護することを旨とした学校に,危険が一杯。事件,事故とまで行かないまでも,不登校や学級崩壊などは,いまやどの学校にも見られる現象です。このような事態はだれの目にも異常なのです。だから私たちは,子どもを育み,慈しむはずの学校に間断なく発生する「問題」は,だれかが,早急に解決しなければならないと考えるのです。そこで「問題」の解決は,まずもって学校に,そしてそこに働く教師にゆだねられる。なぜなら異常な事態の改善を望む私たちの意識に,期せずして,学校と教師こそがこの「問題」の一方の当事者だという理解が含まれているからです。時として,学校と教師が「問題」発生の犯人としてヤリ玉に挙がることがあるという事実は,一般社会の学校と教師を見る目を如実に示しており,子ども同様,教師もまた生きにくい時代であると言えるでしょう。


  教職という仕事の醍醐味

私は,あえて現実の学校と教師を取り巻く世界をそう理解した上で,教師という職業に従事する人たちが,そのことをどのように考え,どう振る舞うかが,これからの日本の教育を決定づける大変重要な分岐点だと考えています。対応は大きく二つ「逃げるか立ち向かうか」です。教師をめざす学生の皆さん,私は,私自身の思いを次のような言葉で伝えたいと思います。「いささか理不尽とも思える(社会の側からの)この重圧に,あえて立ち向かう勇気を持って欲しい。その勇気を持つことこそが,未来を担う子ども達の教育に責任を持つということである」と。さらに,「教師の教育的営みは,その背景や時代がいかに変化しようとも,子ども達の健やかな育ちを見守り,一人ひとりの可能性を最大限に開花させることに究極の目標を置かなければならない。専門職として一定の社会的評価を享受する『教職』という職業に課せられた宿命であり,同時にこの職業に就いた人にのみ許される,いわば醍醐味である。だれの手にもゆだねることのできない,自分にしかできない仕事こそ,専門職というに相応しい仕事である。やってみて損はない」と言いたいのです。

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2007.7
21世紀の教育を担う学校教師を育てる島根大学教育学部の挑戦

 


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